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仙台高等裁判所秋田支部 昭和54年(ネ)3号 判決

主文

一  原判決中、被控訴人に関する部分を次のとおり変更する。

二  被控訴人は控訴人に対し、金四八万九、五八八円及びこれに対する昭和五二年七月一九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを五分し、その三を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

五  この判決は第二、四項にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(控訴人)

一  原判決中、被控訴人に関する部分を取り消す。

二  被控訴人は控訴人に対し金一三二万二九五五円及びこれに対する昭和五二年七月一九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

四  仮執行の宣言。

(被控訴人)

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、原判決四枚目裏三行目に「5 弁護士費用 一三万円」とあるを、同四枚目表一〇行目の次に「(9) 弁護士費用 一三万円」と移記し、同五枚目表九行目「(五) 同(五)の事実は争う」を削除し、次に付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人)

一  金信長は、本件事故時に、被控訴人所有車(以下事故車という。)を被控訴人に無断で運転していたとしても、次に述べるような事情からすれば、被控訴人は右無断運転を充分予測できたはずで、事故車に対する運行支配を失つたとはいえないから、本件事故についての運行供用者責任があるというべきである。

1 被控訴人は、昭和五一年四月から鉄工所を経営する金信長に雇傭されていたが、本件事故のあつた同年八月一二日までに、金の求めに応じ、金の業務のため、同人を同乗させ、あるいは同乗させないで、事故車を五〇回位運転しており、そのため、金から事故車用のガソリン購入チケツトを与えられたこともあつた。

2 金は、被控訴人に対し、しばしば事故車を運転させるよう求めており、本件事故の数か月前からは、被控訴人の承諾をえて、月に二、三回事故車を運転していた。

3 被控訴人は、本件事故当日事故車を金方から約二〇メートル離れた道路上に駐車させ、その鍵は、金の居宅のステレオの上に放置してあつた。

4 金は、本件事故当日の午前中被控訴人に対し、午後から事故車を用いて集金に行くと告げている。

5 金は、本件事故当時、右用務のため事故車を運転し、短時間でこれを元の場所に戻すはずであつた。

6 被控訴人は、本件事故当日、金の不在に気づき、すぐに、事故車が駐車されたままであるかどうかを確かめている。

二  控訴人は、本件事故当時酒類販売を業とする合資会社渡辺商店の代表者を勤め、実質的にも主人であつたから、その収入は昭和五一年度男子労働者平均賃金を下廻るものではない。

三  被控訴人の抗弁(原判決五枚目裏五・六行目)は争う。

(被控訴人)

一  控訴人の付加主張一冒頭事実は否認する。被控訴人には、金が無断で事故車を運転することは、予測できなかつた。

1 同一1のうち、被控訴人が金に雇傭されていたこと、被控訴人が金に命じられ、金の業務のため、金を事故車に同乗させて運転していたことは認め、その余は否認する。

2 同2は否認する。

3 同3のうち、鍵がステレオの上に放置してあつたとの点は否認する。被控訴人は、鍵を、着替した服のポケツトに入れて金の居宅の居間においていたのである。

4 同4・5・6は否認する。

二  同二は争う。

第三  証拠(省略)

理由

一  請求原因1のうち、事故の態様以外の事実は当事者間に争いがなく、いずれも成立に争いのない甲第九ないし第一〇号証、同第一五号証、乙第三号証によれば、本件事故の態様は、被害車(自転車)が国道七号線西側歩道を北から南へ進行して、これと交差する道路を横断した際、右道路を東から西へ国道を横切つて進行してきた事故車がこれに衝突したものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

二  被控訴人の運行供用者責任について

1  事故車が被控訴人の所有であつたことは当事者間に争いがないが、前示甲第九、第一〇号証、成立に争いのない乙第一号証、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、事故車を運転していた金信長は、被控訴人には無断でこれを運転したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はないから、右金の無断運転において、被控訴人の事故車に対する運行支配が失われていたか否かについて検討する。

2  前示甲第九、第一〇号証、乙第一号証(一部)、成立に争いのない乙第二号証(一部)並びに原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、次の(一)ないし(五)の各事実が認められ、また、これら認定事実からすれば、次の(六)、(七)の各事実を推認することができ、乙第一、第二号証、同第五号証中の右認定、推認に反する部分、並びに原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果中、右認定、推認に反する部分は、前示の各証拠に照らし、直ちに措信できず、他に右認定、推認を覆すに足りる証拠はない。

(一)  被控訴人は、鉄工業を営む金信長に昭和五一年四月ころから雇傭されて(被控訴人が金に雇傭されていたことは当事者間に争いがない。)、事故車で通勤していたが、金の求めに応じ、同人を同乗させて、注文とり、集金、現場見廻りなど同人の業務のために事故車を使用し(金をその業務のため事故車に同乗させたことは当事者間に争いがない。)、その回数は、同年八月一二日本件事故が発生するまでに、約五〇回に及んだ。そのため、被控訴人は金のチケツトでガソリンの給油をうけたことが数回ある。

(二)  金は、乗用車は保有せず、被控訴人やその同僚煤賀隆夫に対し、数回事故車や煤賀の所有車を運転したいから貸せと求めたことがあり、現実に月二、三回は事故車を運転していた。

(三)  被控訴人は、本件事故当日事故車を金方から約二〇メートル離れた道路上に駐車させ、その鍵を金方居宅内のステレオの上に置いていた。

(四)  被控訴人は、右当日の昼ごろまでに、金から同日午後事故車で一緒に集金に行く旨、告げられていた。

(五)  被控訴人は、右当日の午後金の不在に気づき、すぐに、事故車が駐車されているか否かを確認した。

(六)  被控訴人は、金が時々事故車を運転していたことを知つていた。

(七)  金は、本件事故当時、集金を終えれば短時間のうちに事故車を元の駐車場所に戻す予定であつた。

3  そして、右2で認定の各事実からみれば、被控訴人は、本件事故時の金の運転は充分に予測できたはずであり、また、事故車と運転者金との日常の関係や、鍵の保管状況、金の運行目的などからみても、金の本件事故時の事故車の運行について、被控訴人がその支配を失つていたとはいえないというべきである。したがつて、本件事故について、被控訴人には運行供用者責任があるといわなければならない。

三  控訴人の損害について

1  弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第二、第三号証、原審における控訴人本人尋問の結果によれば、請求原因3(一)、(二)(1)(2)の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  前示甲第三号証、成立に争いのない甲第四号証、同第一六号証の一、二、原審における控訴人本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第五ないし第七号証、同第一二ないし第一四号証及び右尋問結果並びに弁論の全趣旨によれば、本件事故と相当因果関係があると控訴人が主張する損害のうち、請求原因3(三)(2)、(3)、(6)、(7)及び治療費のうち金五七万四五九〇円、事故証明書手数料のうち金八〇〇円が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。しかし、その主張する治療費、事故証明書手数料のうち右認定金額をこえる部分はこれを認めるに足りる証拠はない(甲第三号証には前記(三)(7)の金額も含まれている。)。また、前記認定の控訴人の受傷内容、入院期間からみると、右治療期間中の慰藉料としては、金八〇万円が相当である。

さらに、控訴人の休業損害について検討するに、成立に争いのない甲第一七号証、当審における控訴人本人尋問(第一、二回)の結果によれば、控訴人は、本件事故当時、酒類販売を業とする合資会社渡辺商店の代表社員であり、現実に同社の業務に従事していたことが認められ、また、原審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は、本件事故のため、前記入院期間中だけでなく昭和五一年末まで、右業務に従事できなかつたことが認められ、右各認定を覆すに足りる証拠はないが、他方、成立に争いのない甲第一八号証の二及び当審における控訴人本人尋問(第一、二回)の結果によれば、控訴人は、その収入が同社からの役員報酬のみであつて、前記のように同社の業務に従事できなかつたにもかかわらず、同社からその間の役員報酬の支払を受けていることが認められ、この認定に反する証拠はなく、また、右役員報酬が、業務に従事できなかつたことを理由として減額されるなどして、控訴人の収入が減少したことは、これを認めるに足りる証拠はない(なお、当審における控訴人本人尋問(第二回)の結果によれば、同社は、控訴人が業務に従事できない間、アルバイトを雇つて、これに日当を支払つていることが認められるが、これは、同社に生じた損害であつて、控訴人の損害ということはできない。)。したがつて、控訴人の本件事故による休業損害は認めることができない。

してみると、本件事故により控訴人がこうむつた損害額の合計(後記弁護士費用を除く。)は、金一五七万七三二〇円であるということになる。

四  過失相殺について

前示乙第三号証によれば、控訴人は、前記国道西側歩道からこれと交差する東西道路に入る際、左方(国道側)に対する安全確認をしなかつたことが認められ、原審における控訴人本人尋問の結果中、右認定に反する部分は直ちに措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。したがつて、右の点は、本件事故における控訴人の過失として、控訴人の損害賠償額を定めるにつき斟酌するのが相当である。そこで、さらに、これと対照すべき金信長の過失について検討するに、前示甲第九ないし第一〇号証、同第一五号証によれば、金は、進行道路と国道との交差点に入つてから、左方道路の停止車両に気をとられ、右方道路の安全確認をしないまま進行し、右方歩道上から進路へ横断してくる控訴人の自転車には、衝突するまでこれに全く気づかなかつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そうすると、本件事故は、右両者の過失により惹起したものというべきであるが、前示甲第一五号証によれば、右交差点では交通整理が行われていないが、その東、西には一時停止標識が設置され、また国道の幅員の方が明らかに広いことが認められることなどをも考慮すると、本件事故における控訴人と金との過失割合は、控訴人一〇パーセント対金九〇パーセントであるとみるべきである。したがつて、控訴人は、前記損害額金一五七万七三二〇円のうち、その九〇パーセントにあたる金一四一万九五八八円を、本来、被控訴人に請求できるはずである。

五  損害の填補について

控訴人は、本件事故による損害のうち、賠償責任者に賠償を求めうる分の填補として、自動車損害賠償責任保険から計金一〇〇万円、金から金一万円の各支払をうけたことは当事者間に争いがない。したがつて、控訴人が被控訴人に請求できる損害賠償額は金四〇万九五八八円ということになる。

六  弁護士費用について

控訴人が本訴のため弁護士を依頼したことは、本件訴訟上明らかであり、本件訴訟の経緯、その法律上、事実上の主張の難易、その認容額などの諸般の事情を勘案すると、本件事故と相当因果関係を認めるべき弁護士費用は、金八万円であると判断される。

七  結論

よつて、控訴人の本訴請求は、被控訴人に対し金四八万九五八八円とこれに対する履行期後である昭和五二年七月一九日から支払済まで民法所定の年五分の割合による地縁損害金を求める限度で理由があるものというべきである。したがつて、控訴人の被控訴人に対する本訴請求を全部棄却した原判決はその限度で不当であつて、本件控訴は、その限度で理由があるから、原判決を変更して本訴請求を右の限度で認容し、その余の請求は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条、九二条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

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